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今日の三題話

「宇宙」「実行」「無我夢中」
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 加賀ヒサキは肘を付き、焦点の定まらない目でディスプレイを眺めている。
 特にやることがない、それが彼の言い分だった。ディスプレイには、ブラウザが開いているが特に巡回するサイトがあるわけでもない。PCのゲームは持ってはいるが、別にいま起動しようとは思わない。視線だけを横にずらすと、ビデオが丁度タイマー起動を始めるところだった。既に何を撮っているのか忘れてしまっているヒサキには、どうでもいいことだ。テレビに繋がっている家庭用ゲームのハードの中に、なんのソフトが入っていたかも覚えていない。思い出したように、マウスを握りブラウザをいじるが、数分も立てばまた膝を付きどこかを眺めている。たまに動いた視線は、ただ時間だけを確認し、それ以外に用を成さないとばかりにまた宙を彷徨う。

 彼はただ、今日学校であったことを思い出している。頭の中ではずっと部室での出来事がグルグルとまわっていた。また視線が時計にへと向けられる。思い出したように握ったマウスを宛てもなく彷徨わせる。ふと思い出したように、マウスのアイコンがついっっと動いた。
 何も音のない部屋に、二回スイッチ音が落ちる。メーラーを実行。
 一瞬の間、そしてその後にはHDが爪を掻くような軽い音を立て始める。カリカリと、まるで檻の中から出せといわんばかりに、HDは音を立てる。
 音が治まった頃には、メーラーが起動しおわり、ヒサキ宛てに届いているメールを表示している。ヒサキは適当に未読メールを受信する。無駄に早く、意味をなさないナビコメントを目で見ながら、受信が終わるのを待つ。password送信、メールリストリクエスト、受信中……。PCは使えるし、それなりに素人ではないと本人は思う、だがPCを組み立てられるわけではないし、プログラムなんか打てやしないそんな自分に、こんなコメントは無意味でしかないとヒサキは考えている。
 受信中のバーが伸びていき、受信完了になるまで殆ど一瞬。新着メールがウィンドウに踊った。
 どうせスパムメールだろう、ヒサキは中身を開かずにDelボタンを叩いて消していく。一つずつ、未読表示のメールが消えていき……
「ん?」
 一瞬スパムではないとおもわしき、メールの件名を見つけた。
『帰宅部の連絡 加賀ヒサキ様』
 いつの間に知られたのだ? その恐怖がまず先に、次に久しぶりに人間からのメールに少し嬉しくなる。
 おもむろに、メールを開くヒサキ。
『 部長の、賀古井だ。帰宅部の参加は、今週のみ自由とする。加賀ヒサキの仮入部届は提出済みなので、退部の意志がある場合は部活もしくは私に直接言いに来るように。以上。
追伸、部員の連絡網を添付しておいた、必要ならば使うように。個人情報ゆえ、要らないと判断した場合は確実な方法で削除しておくように』
 簡素なメールだった、ヒサキはそのメールを読むと何もしないでメーラーを閉じる。
 既にすることを見失った、いまさら部活をかえようともヒサキには思えなかった。大体、帰宅部などというのは、部活に入っていない人間の総称ではなかっただろうか? 疑問に答えてくれるものは無い。ヒサキの部屋は本当に簡素なものだった。
 折りたたみ式のベッドに体を投げ込み、ヒサキは天井を見上げる。布団の匂いがする。
 PCが発するかすかなファンの音と、窓と叩く雨の音だけが聞こえる。自分の呼吸すら聞こえてこなくなるような、そんな感覚。宇宙空間に放り出されたら、きっとこんな感じだろう。ヒサキな、目を瞑り瞼の裏に星の海を探す。
 何もかもが面倒になった。ヒサキは思考を閉じる。すぐに彼は睡眠に落ちていった。

 窓から見上げる空は黒く縁取りすら判らない。湯木カズは雨の降る空を静かに見上げている。口元には微笑。といっても、彼の基本的な表情は常に微笑なので別段嬉しく、空を見上げているわけではない。
「ねぇ、カズ。どーしたの?」
 背中にかけられた声に、カズは振り返って笑いかける。
「いやいや、雨やまねーなってね」
 立ち上がり、部屋の主に歩み寄る。
「止んだら家かえっちゃう?」
「んー。じゃまだろ? 流石に明日同じ服でガッコいくのもな〜」
 横に腰掛け、カズは笑いかける。相手は、少し拗ねた風にカズのことを叩いた。
「もー、制服の癖に同じ服もないよ」
「シャツがいっしょじゃんよ、それに下着も」
「ね、泊まってきなよ。どーせ、同じ服でもわかんないよ」
 苦笑いを返すカズ。元より家に帰るつもりはないし、相手もかえるなどとは思っていないだろう。つまるところ、只のダンスだ。駆け引きですらないそれは、只の通過儀礼。 
 買いこんで来たビールを一気に煽り、カズは立ち上る。
「風呂借りるわ」
「うん」
 かって知ったるとばかりに、カズは部屋をでて風呂場に向かう。その顔はやはり微笑を湛え、何を考えているかは外からは知れない。
「カズ〜、はやくねー」
 かけられた声に、無言で手を振り返事をする。
 廊下の空気は冷たい、人の入った後の風呂は暖かい。熱が混ざり合うその空気を体に感じながら、カズは静かに他人の家を歩く。風呂場には、洗面台。そして、洗面台の上には、カズが使っている洗面用具。
 一瞬自分を鑑みて、彼は笑う。馬鹿にした笑い。全く、自分でもあきれる。服を脱ぎ散らかし、彼は風呂場へと足を踏み入れた。

 現実は既に乖離し始めていた。最たる原因というのは、既に幾千もの朝と幾億の夜の経て問うことすら無意味。ただの一人が望み、ただの二人が道を示した。たった三人が、唯一世界に影響を与えうることができたのだ。それ以外は只流れるのみ。
 誰がどうしようとも、流れ着くのは海という答え。
 誰もが居なくても、たどり着くのは一つの結果。
 皆がなにかをしようとも、手に入るものは変わらず。
 皆が居なくても、世界はただ転がり落ちるのみ。
 無我夢中であがいた答えも、寝て過ごして転がってきた答えも、全ては同一。もがき苦しみ、走りぬいてだした結果は、スタート地点であぐらをかいて時間を過ごして手に入った結果と変わらない。
 踊ろうが、眺めていようが答えは変わらない。たどり着く結果は全て同一。ただ一つの希望すら闇、ただ一つの言葉すら無音、ただ一つの願いすら無風。
 雨が降る。
 全てを嘗め尽くし、全てに平等。
 企む者にも、しゃべる者にも、食べる者にも、踊る者にも、何もしない者にも、遊ぶ者にも。
 すべて平等。すべて同一。
 全てが終わる。

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